劣等感で自由な気持ちを失った時は原点に帰ろう

他人への劣等感や怒りの感情が芽生えた時期

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憎んだり、劣等感を感じることを知らなかった純真無垢な子供の頃を思い出す

他人への劣等感や怒りの感情が芽生えた時期 について、好きだったものが楽しく感じない、いつから明確にそう思うようになったのか自分の記憶を頼りに考えてみた。

普段、他人の目を気にして劣等感や怒りを持つ時の心象

  • あいつムカつく
  • 自分はみっともない
  • 他人が羨ましい
  • もっと優れた人がいるから努力は無駄
  • 自分は劣っている

多くの人が抱く心象だが、他人へ悪い感情を抱かず、自分の気持ちと向き合っていた純粋な時期が全ての人にあったのではないだろうか。

もし今、劣等感や怒りに苛まされている人、楽しめなくなった人がいれば、長年かけて、ほつれた糸を少しずつ解いていけば、曇りを晴らすきっかけになるかもしれない。

他人への劣等感や怒りの感情が芽生えた時期 確かな自我を持つ前は劣等感を感じなかった

僕の場合を思い出すと、3歳頃の幼稚園から記憶がある。その時を思い出すのは、周りに嫌いな人や、人を恨んだり、何か大きな不満は無かった。(駄々をこねることはあったが)

近所の子供達と一緒に野球をして決して上手くなかったが、絵を描いたり、歌を歌って楽しく過ごせていた。

上手いか下手は重要ではなく、純粋に楽しく遊んでいた。

ある時期から少しずつ楽しめなくなった。

小学校に入学してから次第に始まる競争

小学校三年生の時に友達と少年野球に入った。

そこでは、子供ながら既にヒエラルキーが存在し、上手い子供、下手な子供、身体の大きい子供、小さい子供に分けられ練習内容も違い、同じ受講料を払っていたにも関わらず、試合にも出られなかったし、平等ではなかった。

すぐに感じた

「自分より上手い人がいるから、野球をやっても無駄だな」

野球だけじゃなく絵もそうだった。クラスには才能の片鱗を感じる絵の上手な子供はいる。

その子を見て

「自分は、この人みたいに描けないから楽しくない、意味がない」

純粋に楽しいから「Play」していたことは、あの人に勝てないから楽しくない「Play」しないに、いつのまにか、すり替わっていた。

小学校時代は、まだ純粋さはあったが、高校や社会を経て、仕事においても、遊びにおいても、あらゆる事象が勝ち負けが重視された。

思い出すと、最初に人を殴ったり殴られたのも小学校になって、クラスメイトとの競争意識くやしさが原因だった。

ベーシストを目指していた友人のK

友達のKは、学生時代から音楽に夢中になっていた。それが影響して仲間内でバンドを組みベースを始めた。地元でライブを開催して楽しそうに、音楽のことを教えてくれた。

卒業が近づくにつれて、Kはプロになることを夢みていた。しかしどんなに腕を磨いてライブをしてもプロになるチャンスは訪れなかった。

「俺、将来のことを考えたら、もうベース辞めないと」

「そうだよね、いつまでもベース演ってるわけにもいかないよね」

そんな会話をした。

現実的な将来を見据える年齢になって、Kはベースを置き、超大手自動車会社の製造員として勤め、結婚して子供をもうけてマイホームを購入した。

Kはプロになりたいから、ベースを弾いていたわけじゃない。

楽しいから、弾いていたはず。

夢を諦める言い訳に、安定した将来を理由にして、苦しくなってベースを一旦置いたが、数年が経ちKは趣味でまたベースを弾きはじめた。

やっぱりベースを弾くのは楽しいそうだ。あの時、楽しい気持ちを忘れずに保ち続けたらプロになれたかもしれないし、なれなかったかもしれない、

しかし、Kは楽しいから「弾く」原点に戻ってきた。

多分、一生、ベースに対する純粋な原点は見失わないし、手放さないだろう。

本質に帰ろう

僕はこうして、ブログを書いていますが、他のブロガーさんの記事を読むと楽しみで書き始めたブログのはずなのに、

いつしか日々のPVに一喜一憂し、アフィリエイトで稼ぐ事が目的のブログになってしまっている人がいる。(それが悪いわけではないが)

女性であれば、幸せな家庭を築きたいのに、相手の学歴や収入、持ち物や、世間的な体裁にばかり気を取られたり、相手のことを好きなのに、相手をコントロールすることにいつしか気持ちが縛られたりする人もいるだろう。

本来の目的や気持ち、物事の本質を見失い、迷い悩むことは、この競争社会の中では誰もが陥りがちな罠。

そうして、上手くいかなければ、憎しみ、怒り、劣等感を感じどんどん深みに入って不自由に。

そんな時は、記憶を遡ってみるといい、大事な核はそこにあると思う。

赤ちゃんと大人では着眼点が変わる

こんな実験がある。

虐めの風景を赤ちゃんと大人に見せた時、

赤ちゃんの脳波は、虐められている方(被害者)に着目、反応するそうです。

大人は、虐めている方(加害者)に着目、脳波が大きく反応するそうです。

大人になる過程で、正に上からの圧力、競争意識が植え付けられるからではないでしょうか。

子供の頃は毎日、できなかったことができると嬉しかった。誰とも争う必要はなかった、自分の壁を越えることが楽しかった。

他人への劣等感や怒りの感情が芽生えた時期 まとめ

何度も紹介していますが、バシャールの言葉

好きなことを結果を気にせずとことんやりきる。

勝ち負けを経験すること、悔しい気持ち、結果が全て、

それらも大切ですが「好きだから結果を気にせず夢中になる」ことは、戻ってくる動機の原点だと思います。

真をついた言葉だと思います。

最後に、100年前の日本の風景をご紹介して終わります。

この映像の中の人々は、おそらく誰も今は生きていないでしょう。

しかし、いつの時代も子供達の眼差しや笑顔は、劣等感や誰かへの怒りなど無い、純粋な誰もがコアに持っている大事な気持ちだと思います。

それではまた。

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